ネオクーロン潜入レポート第二夜
ひとりの男の手による、SIM『KOWLOON』への潜入レポートを、
数回に渡って公開。
果たしてネオクーロンは彼に何を見せ、何を語ったのか・・・
第二夜公開!
第二夜 「精霊」
「メールが届いたみたいですよ」
バーテンが言い終わらないうちに、背後でまた電子音が鳴った。振り返るとモニターには「収至電子郵件」の文字が大きく表示されている。
いったいこのバーテンはいつ、メールの着信を知ったのだ……?
訝しみながらも席を立ち、メールを確認する。登録完了通知を読み終わって閉じると確かに、端末のメニューが増えている。私は「検索」「サービス」「アクセス」など情報が載っていそうなところを片端からクリックしてみた。だが、私は早々にがっかりさせられる羽目になった。
次のフェリーは早くとも三日後。それ以外の交通手段に至っては、あるのかどうかすら定かでない。いくら仕事の合間で時間に余裕があるとはいえ、こんな場所に三日も滞在しなければならないとは。
頭を振って端末のメニューを閉じ、カウンターに向き直った私は思わずぎょっとした。
カウンターの中にはさっきまでいたバーテンの代りに、赤地に金の縫い取りをほどこしたローブをまとい、顔を白くぬりたくった、異様な風体の人物が立っている。
「どうです、似合いますか」
声を聞いてようやく、その人物がさっきのバーテンだとわかった。
「いいでしょう、これ。算命先生の精霊(アバター)ですよ。向かいの店で買ったんです。500L$もしたんですよ」
バーテンは店の入り口のほうを指差した。振り返ると、通りの向こうに「九龍造形精霊店」の大きな看板が見える。男のアバターはどうやら店の看板商品らしく、同じものが店頭に大きくディスプレイされている。
私は何か言ってほしそうなバーテンに向き直り、とりあえず当たり障りのなさそうな感想を口にした。
「あまり客商売向きじゃないと思うけど」
「ええ、だからこれはとっておきなんですよ」
話が通じているようで通じていない。なんだか頭がくらくらしてくる。私は話題を変えることにした。
「どうも、次の船は三日後らしいんだ。どこかこの近くに宿はあるかな」
「宿はないけど、貸部屋ならありますよ。あなた、さっきクーロネットに登録したんですよね?なら月極めで借りられますよ」
「そんなにはいらないよ。三日だけ泊まれればいいんだから」
「けど、貸部屋はどこも月単位の契約になってると思いますよ。なあに、たいして高いもんじゃないですから、使わなくても一か月分契約しといたらどうですか」
相場を聞いてみると、確かにちょっといいホテルにとまれば二、三泊でとんでしまいそうな金額だ。どのみちこの街ではいい宿を探すにしてもたかが知れているだろう。苦労せずに寝る場所が見つかっただけでもありがたいかもしれない。
私は酒場を出て、バーテンに教えられた貸部屋の契約事務所へ向かった。
事務所は無人だった。誰か来ないものかと中を覗き込んでいると、足元で何かくるくると動きまわるものがあった。思わず目を落とすと、それは小さなバレリーナの人形だった。
……バレリーナ?いや、確かに人形が着ているのはバレエの衣装だが、どうみても女装した男にしか見えない姿かたち、背中に付けられた板でできた羽根、白く塗り立てられた肌……およそ子供が可愛がって遊ぶために作られたとは思えぬグロテスクな造形。さっきのバーテンが着ていた算命先生のアバターにも通ずる不気味さがある。
おもちゃを使ったたちの悪いいたずらかと思っていたら、人形が突然声を上げた。
「あんた、部屋を借りたいのか」
どうやら私に向って語りかけているようだ。これも、算命先生と同じようなアバターなのか。
「あんたがこの事務所の人なのか」
「俺は、妖精さんだ」
人形は、私の目の前でくるくると回る。
「あんた、部屋を借りたいのか、それとも俺たちのダンスを見に来たのか、どっちなんだ」
「あ、ああ……部屋だ。部屋を貸してほしい」
「よし、わかった。そこで待ってろ。今、管理人を呼んできてやる」
人形がなおも回りながら事務所の中へと入って行くのを、私は茫然と見送った。
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