ネオクーロン潜入レポート第三夜
ひとりの男の手による、SIM『KOWLOON』への潜入レポートを、
数回に渡って公開。
果たしてネオクーロンは彼に何を見せ、何を語ったのか・・・
第三夜公開。



第三夜 「貸室」


 貸部屋の管理人は、しきりに貸部屋ではなく貸店舗を勧めてきた。
「どうかね、安くしとくよ」
「そんなものは必要ない。次のフェリーまでの宿があればいいんだ。第一、店を借りたって一体何をすればいいんだ。売るものがあるわけじゃなし」
「あんた、カメラマンだろう。写真を撮って売ったらどうだい」
 管理人は私が脇に置いていたカメラバッグを指差した。目ざといことこの上ない。確かに私はカメラマンを生業としているが、今は休暇中であり、カメラバックに入っているのも趣味用の簡単な機能のものばかりだ。
「写真なんて買う人がこの街にいるのかい」
「そりゃあいるさ。部屋に飾ったり眺めて楽しんだり。別に写真じゃなくても、服でもアクセサリーでもアバターでも鬘でも、作って売れば必ず買ってくれる人はいるもんだ。出来が良ければ高く売れる。あんたが腕のいいカメラマンなら、家賃なんてすぐ元が取れるさ」
「まあ、この次に来た時は考えておくよ。今日は部屋だけでいい。一番安い奴を頼む」
 不満げな管理人を強引に押し切り、私はようやく貸部屋の鍵を手に入れた。





期待はしていないつもりだったが、部屋の惨状にはやはりがっくりときた。横になって休むのがやっとというほどの狭い部屋。夜寝る以外でこの部屋にいたら息がつまりそうだ。
 とっとと寝てしまおうかと思ったものの、昼間フェリーの中で寝ていたせいか、どうも眠気がおこらない。私はふと思い立って、バッグからカメラを取り出し、部屋の窓から外へ向けてみた。






街の入り口で見た「九龍電脳城」の電飾が眼下に見える。私はシャッターをきった。耳慣れたシャッター音が、心の奥底に眠っていたものに火をつける。
 私がカメラマンをしていることは既に述べたが、特に好んで撮影するテーマは『都市』、しかも大都市ではない下町や片田舎など、人の生活が色濃くにじみ出ているような街並みである。スラム街のような場所の撮影にも何度か赴いたことがある。記憶の中の香港とのギャップに最初は戸惑ったが、落ち着いてよく見れば、この街は被写体として非常に興味深い。






私は再びカメラバッグを肩にかけ、部屋を出た。どうせこの街を三日間も離れられないのなら、無為に眠って過ごすよりも、この街と徹底的に向き合ったほうがいい。
 貸部屋のあるビルから外へ出ると、「頭髪中心」の看板が目に付いた。管理人が言っていた通り、この街では様々なものが売られている。ここで売られているのは鬘のほか、服やサングラスなど、身につけるもの全般を含むようだ。べたべたと貼られたチラシに向かってシャッターをきる。
 家具屋、鏡屋、薬屋。さまざまな店の前で、看板の前で、私は夜が更けてゆくのもかまわずシャッターをきりつづけた。写真を撮っている間、私は私であって私でなく、眼前の光景を記録するための一個の機械となる。この街の姿を写真に残すことこそが私の存在価値なのだ。





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