ネオクーロン潜入レポート第六夜
ひとりの男の手による、SIM『KOWLOON』への潜入レポートを、
数回に渡って公開。
果たしてネオクーロンは彼に何を見せ、何を語ったのか・・・
最終話、第六話公開



第六夜 「九龍」

 街を歩き回っている間に、気づいたことがある。この街の持つ意味についてだ。
 かつて、イギリスの領事下にあった頃の香港に「九龍城」と呼ばれる場所があった。狭い場所にひしめき合うように建てられたビル群。その歴史的な経緯から、中国、イギリス、香港のいずれの権限も及ばぬ中間領域となり、やがてそこへ犯罪者、難民、貧民などが流れ込み、巨大なスラムを形づくっていった。「東洋の魔窟」と呼ばれ、「一度迷いこめば二度と出て来れない」などの噂がまことしやかに囁かれ、スラム街としての実態を、人々の畏怖と警戒の念がはるかに凌駕していった。だが前世紀の終わり近く、香港政府は治安の悪化と建築物の劣化を理由に住民を立ち退かせ、建物をすべて取り壊した。中国本土への回帰を直前に控えた一九九五年、九龍城はすべて解体され、地上から姿を消した。
 酒場のバーテンが言っていた、「ここは九龍だ」という言葉。私はずっとそれを、行政地区の名前としてとらえていた。だが今にして思えば、彼の言う「九龍」とは、この「九龍城」を指す言葉ではなかったか。この街は、無くなったはずの九龍城そのものではないのか。
 だが、消えたはずの街が、なぜここにあるのか。そして私はなぜ、消えたはずの街に迷い込んでしまったのか。
 こんな話を聞いたことはないだろうか。
 曰く、我々が普段暮らす世界は「陽の世界」であり、その裏側には、それと対になる「陰の世界」が存在する。時折、陽界である日突然消息を絶つ人間がでるが、そうした人間はみな陰界に迷い込んでしまったのだ、と。
 そんな噂が存在する以上、消えたはずの九龍城が今ここに存在するということも、さほど不思議なことではないのかもしれない。
 私の撮影したこの街の写真は、今もこの街のどこかの貸部屋に置きっぱなしになっている。もしも読者諸兄がその写真を見つけることがあれば、その扱いはお任せする。売るなり捨てるなり秘蔵するなり、好きにしてほしい。
 私自身のことについては、これ以上は語るまい。おそらく、陰界の噂をご存じの諸兄ならば、風水のない陰界の気に長くさらされ、自分を見失ってしまった人間の末路についてもお聞きおよびのことだろう。








私の眼はレンズ、瞼はシャッター。私は眼前の光景を記録するための一個の機械。この街の姿を写真に残すことこそが私の唯一の存在価値。






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